スディルマンにかかるカレット陸橋の北側に位置するホテル「ル・メリディアン(Le Meridien)」は、ジャカルタを代表する5つ星ホテルにもかかわらず、意外と日本人には縁が薄いのではないだろうか。だがジャカルタを訪問する欧米人には非常に良く知られた世界的なホテルチェーンで、もともとはエールフランス航空により設立され、1994年に英国大手ホテル企業フォルテに買収されている。現在はアメリカ資本の力が強いようだが、建物の造りや併設されているレストランの名前からフランス文化の影響が色濃く残されている。現在のジェネラルマネージャーはオランダ人とのこと。
客層はやはりフランス人が多いのかと思いきや、欧米人が多いことには変わりないが特にフランス人というわけでもないらしい。建物は結構年期が入っており、何年もの間、大事にメンテナンスされている感じで、なんともいえない家庭的な温かさが感じられて好感が持てる。何よりも垢抜けた大人のセンス、このあたりから古き伝統を大事にするフランス人気質が感じられる。
今日取材する4つのレストラン・カフェバーのうち名前がフランス語の店は2件ある。「Le Rendez-Vous(ル・ランデブー)」は待ち合わせ(場所)という意味のカフェバー、「La Brasserie(ラ・ブラッセリー)」は軽い食事や酒が飲めるという意味のレストランである。ちなみにあとの2件はインドネシア語の「Tiga puluh Music bar + Lounge(ティガプル)」、もう1件が「Al Nafoura(アル・ナフラ)」でこれはアラビア語で「噴水」という意味である。
4件巡って判ったのは、それぞれが強い個性と役割を持っており、ホテル内で一日の食生活をすべて満たせるということ。ラ・ブラッセリーで朝食と昼食をとってル・ランデブーでお昼のコーヒーと夕方のビール、アル・ナフラでロマンチックなディナーの後、ティガプルで朝まで遊ぶという完璧なスケジュール?が組める仕組みになっている。
今日半日ガイドしてくれるのが当ホテルのMarketing Comunication(ホテルで一般的なPublic Relationに相当)のMeidy Naomiさん。といっても日本人の血が流れているわけではなく生粋のマナド人である。メリディアンで働いてまだ5ヶ月だが、その前はホテルサリパンパシフィックで3年間働いていたという、その道一筋のホテルウーマンである。
(1)Le Rendez-Vous(ル・ランデブー)
「le」は男性名詞の前につく限定詞で、確かにこのカフェは熱帯のジャングルを連想させる男性的なイメージがある。後に出てくるBrasserie(ブラッセリー)の場合は、女性名詞の限定詞である「la」が付くので女性的なイメージということになる。ちなみにホテルの名前「Meridien」には「le」が付くので男性。こんなところで学生時代に単位を取るためだけに勉強した語学が役立つとは思わなかった。
ジャワの古家から搬出してきたオールドチークのフローリングが見事である。チーク価格が急騰した現在、これと同じものを再現するにはさぞかしコストがかかるだろう。天井から釣り下がった南国ならではの大きな扇風機が、微妙に振動しながらカラカラと回る下で、コロニアル調の椅子に座って新聞でも読みたい気分である。また日曜を除いて毎晩ピアノ演奏もあるらしいので、まさにロマンチックな「ランデブー」に最適のカフェバーである。
ちなみにこのジャワの古家というのは、1825年のオランダへの叛乱であるジャワ戦争を率いたインドネシアの英雄、ディポヌゴロ王子の生家と聞いてびっくり。ホテルの2階にはディポヌゴロ王子が使っていた部屋がそのまま再現されているそうだ。
今回注文したTropical Punchは、パイナップル、オレンジ、マンゴー、グァバ、Grenadine Sirup(グレネディンシロップ)をブレンドしたノンアルコールカクテルである。グレナディンシロップは、ざくろの搾り汁に香味をつけた赤シロップで、カクテルによく使用されるものだが、ここではオランダからの輸入品を使っているのがこだわりらしい。本当にその輸入品を使っているかどうか、ちょっと意地悪かとも思ったが、現物を出してもらった。なるほど確かに立派なオランダ製の大きめのボトルに入ったの輸入モノである。
(2)Al Nafoura(アル・ナフラ)
ル・ランデブーからロビーとは反対方向の奥に通路を進んでいくと、右壁にラーマ・ヤナ叙事詩やハヤム・ウルック王のマジャパヒト王国の年代記をモデルにした彫刻パネルが複数飾ってある。マホガニー種を素材にした彫刻パネルは、僕もかなりの数を日本に輸出した経験があるが、これほど木の枝をきめ細かく彫り抜いたものを見るのは初めてでしばし見入ってしまう。木彫り師にかなり熟練した技がなければ、これは彫れない。相当な高値で取引される代物である。
通路の奥にはレバノン料理の「Al Nafoura(アル・ナフラ)」の中東風の異国情緒たっぷりな玄関口が怪しく開いている。アラビア語で「Al」は英語の定冠詞「the」に相当し、「Nafoura」は噴水の意味で、玄関口の左右の壁には店の象徴である石の噴水が設置してある。噴水といっても下の溜め場にドボドボと水が落ちる感じのシンプルなヤツで、薄暗い玄関口に響き渡るこの低音がなんとも心地良い。
中東の料理と言えばケバブのような肉料理のイメージが強いが、レバノン料理は野菜を多用し香辛料控えめであるところに特徴がある。レバノン人は95%がアラブ人ではあるが、すべてがイスラム教徒ではなく、30%は厳格なカトリック教徒で、肉や魚を食べてはいけない「斎」の期間があるため野菜料理が発達したとのこと。
前菜のMezze(メッセ)やペースト状のHummus(フムス)という料理が有名だが、今日は焼きたてピタパンとフムスを試食させてもらった。厨房にあるレンガ造りの大きな釜があり、この床にピタパンの元である小麦粉を固めて平べったくしたものを無造作に放り投げる。待つこと10秒程、外からではよく判らなかった釜の内部が、実は非常に高温であることが判明する。平べったいピタパンの元がもちを焼いたように膨張し、薄く焦げ目が付いたくらいで巨大なしゃもじで器用にすくい取る。釜だし直後のあつあつのピタパンは特に味付けしてあるわけではないのに、そのままでも十分美味しく食べられるが、これにひんやり冷蔵されたフムスを乗せて食べると、あつあつ感とひやひや感が一体となって絶妙の食感を生み出す。今まで全く体験したことのない新しい食感、世界には自分が知らない料理がまだまだたくさんあるものだと感心する。
ちなみにこのペースト状のフムスの材料はTahinahというごまディップ、Chick peas(ひよこ豆)、レモン汁で、ひよこ豆の香ばしさとレモンの清涼さが絶妙に調和されている。そして以前から謎だったこの「ひよこ豆」なるもの、今回はじめて現物を見せてもらい、ようやく名前の由来を理解できた。なるほど、確かにひよこ色で、見た感じひよこの後ろ姿に似ていないこともない。Kacang Arab(アラブの豆)とも言われるくらい中東ではメジャーな豆だそうな。
(3)Tiga puluh Music bar + Lounge(ティガプル・ミュージックバー・アンド・ラウンジ)
アル・ナフラの玄関口の左前方に地下に通じる細いエスカレーターが降りている。この先にあるのが「ティガプル・ミュージックバー・アンド・ラウンジ」で、広いラウンジにビリヤード台の緑が光の中に浮き上がって見える。「Tiga puluh」というのはインドネシア語で「30」を意味するが、このバーが作られた1998年当時のコンセプトが「1930年代の雰囲気を持つバー」というものであったのが店の名前の由来である。現在は当時のコンセプトがより洗練されて、シンプルにミニマライズされた空間演出がなされている。奥のバーカウンターにはウイスキーやテキーラが整然と並べてあり、その手前にガラス張りの巨大なワインセラーが設置されている。さっそくマネージャーのIrvan氏にお願いして、中に入れてもらった。室温は16度に保たれており、ひんやりと肌が気持ちいい。世界中のワインが並べてあるが、利用客の趣向に合わせてフルーティーなオーストラリア産のワインを主に取り揃えている。一本800万ルピアのドンペリが一本だけ残っていたが、ローカルの金持ちの若者達が結構気軽に開けてしまうらしい。
ラウンジの奥の扉を開けると床に世界地図を模した通路があり、その奥にミュージックバーがある。なるほど、ライブミュージックを聴きながら盛り上がりたい人は奥の部屋、静かに飲みたい人はラウンジで、という2部構成になっているわけね。
(4)La Brasserie(ラ ブラッセリー)
宿泊客に楽しく美味しく快適に食事をしてもらうことに全力を尽くしているという熱意が伝わってくるレストランである。フロア全体がオレンジの暖色系にまとめられ、薄茶色の籐製の椅子が非常にマッチしている。僕の場合、ホテルに泊まる一番の楽しみは朝食なので、料理の種類の多さとフロアの快適さは最も重視するポイントであるが、このレストランなら一発合格である。
ブッフェスタイルの料理はヨーロッパ料理からアラブ料理、寿司や刺身まで種類が豊富で、しかも皿の並べ方や食べ物の見せ方が非常に凝っており、どれから手をつけるか目移りしてしまう。デザートのテーブルにあるプリンやケーキは、さすがフランス料理をベースにしているだけあって、形といい色合いといい一種の芸術作品のごとく展示されているので、最初にナイフを入れる人はさぞかし抵抗があることだろう。
ここで試食したのは、マグロの赤身とサーモンの刺身、スモークサーモンだが、当然のごとくどれも新鮮で美味い。宿泊者のディナータイム6時直前の取材だったが、担当シェフが皿に並べられた料理を、真剣な面持ちで何度も念入りにチェックしているのが印象的だった。
4つのレストラン・カフェバーの取材で感じたことだが、このホテルではそれぞれの現場で働く人の熱意がひしひしと伝わってくる。そして取材する側が彼らと真剣に対峙すれば、貴重な時間を割いて全力で応じてくれる。自分は今日の取材で彼らと対等な立場で居られたのだろうか・・・。
心地よいスンダ音楽の流れるホテルのロビーで、長時間の取材を終えた満足感と、妙な敗北感の入り混じった不思議な感覚を味わっていた。せっかくの金曜日の夜だというのに・・・。
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